お墓を石で造る理由 ・・・ 石の霊力
「お墓は石で造る」という日本人の背景には、神話と歴史があります。

内部より天井を見上げる

石舞台
イザナギとイザナミの話
日本最初の歴史書「古事記」に、お墓の源「千引石(ちびきいわ)」が登場します。全三巻のうち上巻の「神代巻」、イザナギの命(みこと)とイザナミの命(みこと)による国生みのお話の中です。二人は次々と日本の国土を生み、つづいて海や山、石や水・・・・それぞれをつかさどる三十五もの神々を生みます。しかし、火の神を生んだときイザナミの命は火傷を負って死んでしまいました。嘆き悲しんだイザナギの命は、死者の世界である「黄泉(よみ)の国」まで愛しい妻を訪ねていきます。ところが、代わり果てた妻の恐ろしい姿に驚いて一目散に逃げ出し、巨大な石で出口をふさいでしまいます。そして、その石を隔てて最後の別れの言葉を交わすのです。この石が「千引石」。お墓の源流です。
石の霊力
日本人は神話の時代から「石」には霊が宿ると考えてきました。八百万(やおよろず)の神々というように自然界のあらゆるものに神が宿ると信じられていますが、なかでも石に宿る霊力は特別なのです。日本人が古代からお墓を特別な霊が宿る「石」で造るのは、「石」の霊力を信じる伝統があるからなのです。

石舞台古墳(いしぶたいこふん)

徳川家康廟(奥社宝塔:おくしゃほうとう)

大湯環状列石

石舞台古墳(いしぶたいこふん)
奈良県明日香村にある古墳時代後期の古墳。『日本書紀』の推古天皇三十四年(626年)五月の条に「大臣薨せぬ。仍りて桃原墓に葬る。」とあり、大臣とは、蘇我馬子のことを指していることから、蘇我馬子の墓であるとする説が有力といわれています。

徳川家康廟(奥社宝塔:おくしゃほうとう)
世界遺産にも登録されている栃木県日光市にある日光東照宮の一番奥にあります。
神君家康公の遺骨が納められており、以前は木造で建立されましたが、その後高さ15mにも及ぶ石造りに改められました。建立以来一度も開けられたことがないと伝えられています。

大湯環状列石
秋田県鹿角市十和田大湯字野中堂・字万座に存在する2つの環状列石(野中堂環状列石、万座環状列石)を主体とする縄文時代後期の大規模な遺跡。これまでの発掘調査により、環状列石を構成する配石遺構は「配石墓」であり、その集合体である環状列石は「集団墓」であることが判明しています。また隣接する掘立柱建物や周囲から出土した祭祀の遺物等から、葬送儀礼や自然に対する畏敬の念を表す儀式を行った「祭祀施設」でもあったと推測されます。
